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テキサス州エルパソのよしこさんの証し、パート1
 ハレルヤ!

 主の導き御名を心より賛美し感謝して、小雨降るすこやかな風吹く今朝、主から与えられし平安といつくしみの中ペンを取りました。

 今日は国沢牧師夫妻だけでなくI.C.C の皆様に宛てての文ともさせていただきます。

 “エルパソよしこさん”として皆様には和食レストランを主人と営んでいる事

“異常な程ワンチャンを愛している人”として“アルコール中毒者を夫に持ちいつも問題がある”この3つのことではある意味ではその様に知られすぎているのではないでしょうか?その通りです。長すぎるほど葛藤の年月を歩んでまいりました。でもその歳月特別なあわれみ、恵み、御愛をイエス様から与え、支えられて今日の私があることを心から心から感謝してもやみません。そして主の御計画の中に私のような者を覚えていて下さり国沢牧師夫妻、今は日本に帰国した私の可愛いたえ子を与えて下さいました事は、私の人生の中最も大いなる主からの恵みであり私のつたない信仰をくつがえし新たに甦らせてくださった貴重な人生である事をここに記させていただきます。この3人を主が与えてくださり長い間私を愛し理解し支え、そして祈りに祈りを重ねて下さっていた事を心より主の御名によって感謝いたします。

  

 私が心から愛したDaiDai, Bo-Bo, Jo-Jo, Hamachan そしてMimi  主より承りし任務を健気に私に与え続けその生き方を全て私に残してから11人天に召されました。今年の424Jo-Joが召されリーダー格であったDaiDaiが皆が逝った事、見届けて1週間後430日に御国に帰りました。私のつたない信仰ではこの現実を素直に受け止める事が出来ず毎日悲しみとショックと失望に自分を閉じ込め心をも閉めただただ1人茫然と仕事をし家にいるときは裏庭に出、皆と一緒に過ごした日々をベランダの椅子に座ったまま青空を見上げたまま何1つ手につかない状態でした。

 そのうち1人静かな自分だけの世界に満足し早朝のベランダ出でての青空の美しさ、雀達のさえずり、心地良い千の風に主がこれらを全て私たちに与え慰め、主の数々のいつくしみに心が傾き、主に語りかけ、聖書を読み、1人静かに祈り・・・。

 そしてある朝主に15年間私の元につかわして下さった5人の子供たちを感謝した後、私のみに生きてくれた子供たちとの絆を私はイエス様、貴方ともう1度あらたにスタートラインに戻って築きあう事を願いました。そして国沢牧師の様な、知代さんのような、たえ子の様なゆるぎない信仰を持つこの3人の様に私もなりたいんだという願いを必死で訴え求めました。

 “求めよ、そうすれば与えられる”

私が主に求めたことはもう1つ“自由になりたかった。”現実の厳しいレストラン運営や経済状態は何1つ求めず、正直なところあのアル中毒者の夫から、仕事関係でも根本的に異なるあのパートナーから自由になり1人静かに暮らしたかったことでした。

 求めて私に主が最初に与えてくださった事は“平安”でした。

悲しみのど真ん中に入り込んでいた私に現在いる幼子Mimi。運命の出会いをイエス様がさせてくださいました。

“あんなに悲しみもがいているのに、又あのバカは犬を飼って!同じ事を・・・。”そう言われることを覚悟してたえ子に電話をして話し始めたところ、彼女の口から“淑子、それは天で三者会議が開かれそしてさー、Mimi-chanがイエス様に呼ばれて、又もう1度ママのところに行ってあげなさい、と言われてMimi-chan が貴女のところに戻ってきたんだヨー”と例の優しくも明るいたえ子の言葉に私は顔中ほころび有頂天になって“そうそうー私もそう思うのよね、たえ子!!♡”と。

 そして今度こそ、私とイエス様の絆を築き上げるときだと心から、心から決心いたしました。

新しく始まったイエス様との交わりは早朝、青空のもと雀たちのさえずりを耳に、Mimiを芝生に遊ばせるこの子の姿を目の中に、千の風に触れられながら・・・。

平安といつくしみを与えられて毎日が平安でした。

現実問題が私には厳しくなく仕事ではランチタイム1人ウエイトレス、キャッシャー・・・全て身も軽くおだやかに過ぎていく様になりました。ある朝仕事に行こうとドアーを開けて私のくつがきちんとそろっていました。私が今までTomにしていた事を彼は去年あたりから時々私の靴もそろえてくれる様になりましたが内心“どうせ3日坊主ではなく2日坊主のする事だ”位にしか思わなかった私がその朝のそろえてある靴に心がクギづけになり、“あーこれがあの人流の私への侘びであり感謝であり、愛なんだ!!♡”と心から思え涙ぐんでしまった私♡“Tomさんくつをそろえておいて下さって本当にありがとう!”優しく言ったTomの顔がほころび私はお店の掃除をしながら私の心に手をさしのべられたイエス様、聖霊様の御働きに心から感謝いたしました。平安の中に身を置かれると小さな、小さな事をも主が1つ1つ示してくださいます。そしてその示しに私の心が動かされなびかせていただける様導いてくださるイエス様に感謝いたします。

 ある朝、早朝ディボーション(聖書を読み、祈り、神様との交わりの時間) にと早速 Mimiを起こし、この頃になるとMimiよりも私のほうが早く目覚めさせられ、ベランダに出るのが嬉しくなってきました。そして空を見上げ“おはようございます。主よ、今日は雲1つない青空ですネ。”座ってディボーションを始め、ふと空を見上げたとき、え?あっ!!

 青空にグレーの様な色で手が重なり合ったひとコマを一瞬の間に私ははっきりとこの目でみせられ・・・。

立ちすくんだ私の目からこぼれる涙が止まらずただ手を合わせ心から主に感謝いたしました。

あの青空に描かれたメッセージが何を意味するものか、求めて与えられた平安の中でより与えられた,許された私への確信であったからです。

 それからまもなくある日台所でお皿を洗っていたときある光景が私の心に写りました。それは私にとって恥ずかしく屈辱なる土下座の私の姿!思い出したくないので目をそらそうとした瞬間照らし出された私の土下座の姿であるべきはずなのにイエス様御自身の土下座姿に私は電撃のショックからひざからくずれ落ちタイルにたおれ私は余りにも恐ろしい自分の罪に

OH! God,what have I done to you. What have I done to you!! God, forgive me, Oh God forgive me!!”(神様、私はあなたに何をしたのでしょう?私はあなたに何をしたのでしょう?神様、私を許してください!許してください!)と泣き叫び、泣き叫び立ち上がることが出来ませんでした。

13年前「りよま」オープンして満員御礼の第1日目から毎日、毎晩大繁盛の10日間。この10日間で運営費が全て払え、残りの16日間分は儲けが出る。この調子で頑張れば真面目に働いていけば2年半弱で元手が取れる。そしたら4年目に2号店をWestsideの高級地に「寿司りよま」お寿司のみの小さな店を開くことも可能だと。

頭の悪い私がいろいろ毎日計算したあげくに出した野心が、願望が芽を出し無我夢中で働き、突っ走りはじめた最中に最大の敵、Tomのアルコールが始まり私の野心、願望は絶望、失望、恐怖へと変わりました。

1本のビールから始まった彼は日ごとに増し飲むたびに酔うたびに私を口汚くののしり始め,従業員、お客様を前に私は生きた心地がしませんでした。怖がる従業員をかばい、なだめる私自身、表面ではしっかりとしていても心の中は恐怖心と恥辱で固まり・・・。その上予約をいただいた日本人企業の方々の前、座敷にて土下座をしてお詫びしている私の耳に入ってきた彼の言葉,“このどうしようもない女が俺を飲ませダメにしているんですよ!この女のせいです。このどうしようもない女がいるところでは働けないよ!”と両手にキリン1番を持ち出て行ってしまいました。私は言い知れぬ屈辱と恥辱で顔を上げることが出来ませんでした。住友の社長大場さんはこんなわたしに“もういいよ小真山さん、わかってるよ!”と優しく包み込んでくださいました。

これが私の人生始めての土下座にして2度目は従業員を外に引っ張り出し“おまえが仕事を止めるならこのピストルで頭をうって殺してやる。”オフィスで仕事をしていた私に恐怖で飛び込んできた従業員の言葉に私自身気絶しそうになりました。謝りぬいてその従業員を家に帰し1時間もしないうちにその子の両親が店に怒鳴り込んできました。裏の出口にいた私に向けられた最初の言葉は“あんたの主人は人殺しか?それでもオーナーといえるのか!どう責任をとるつもりか!それでなくとも内の息子の親友がピストルで頭を撃って自殺したショックがまだあの子にはまだやきついて離れないのにその子の頭にピストルを突きつけて内の息子を殺す気か?酔っ払いのあんたの主人を訴えてやる!!!!”地面に土下座をし泣いて詫びる事しか出来ませんでした。おでこに地面がつき、あの地に伏したおでこの感触、両手で握りしめた土の感触、“どうか許して下さい。悪うございました。”と顔も上げずに土下座をして謝るわたしに父親がやっと“貴女が底まで詫びるのだから貴女のために許そう”そう言って帰った後も私の身体は動けませんでした。“なぜ、なぜ???彼の夢をかなえてやったのに・・・”“死んでもこの屈辱だけは忘れない!!!”と私は心に誓い、その誓いは幾度と重なり心の奥底に沈めておきました。

  

 何度となくダラスから国沢牧師、I.C.C のメンバーの方が助け人となり私のそばに駆け寄ってくださいました。 

 お話を聞いていただきました。心の内を涙で語りました。

 しかしクリスチャンであるがゆえに“死んでも忘れられない事があります。”とは、私は10数年もたったあの716日の夕方まで私が隠しに隠した心の癌でした。

 私はイエス様を鞭打ち、十字架にかけた挙句の果てに私の為に父なる神様に土下座までさせていただいた重罪人であった事を示し照らされ泣き叫び、詫びる事で私自身おかしくなりそうな思いでした。その夜はイエス様のことを思いながらなぜゆえに私が今ここまで歩んでこられたのか?生き続けられたのか?私はいつも主から特別な憐れみをいただいている元の始まりはイエス様の土下座があったことを。格別な守りの起点にイエス様の土下座があったことを。

 砕かれてはじめて心にしみ入るイエス様の絶大なる御愛を受け止めさせていただきました。

“求めよ、さらば与えられる。”

与えられた平安の中で私の最も深い底に眠り続けた心の癌を取り除けられました。本当に心の中がすっきりし安らいだ思いで、イエス様に感謝し満ちております。

 私が求めた彼からの自由はイエス様の思いとは異なっておりました。 

“For my thoughts are not your thoughts, neither are your ways my ways.”(Isaiah 55:8) (わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。)(イザヤ55:8)

19962912:45 p.m 主から答えられた私の祈りでした。12年間何度も主から思い知らされていたにもかかわらず今回、またイエス様の思いを示されました。

 “彼から自由になる事ではなく私の心を罪から自由にさせイエス様との絆を深めることによって示される、感じさせられる素晴らしい世界へ導くことが「主の道」であり「主の思い」であったのです。ハレルヤ!!

この1週間後Tomが現実のプレッシャーからまた飲み始めました。国沢牧師にお電話しました。牧師は優しく“又 エルパソ に飛びましょう。”と言ってくださいました。

 

posted by: dallasicc | 米国在住の方の証し | 19:00 | comments(0) | trackbacks(0) |-
テキサス州エルパソのよしこさんの証し、パート2
  ハレルヤ! 主の導き御名に心から感謝を捧げます。

 国沢牧師を始めI.C.C.の皆様のお祈り本当にありがとうございます。嵐の中、平安が保たれ、私に“笑い”まで与える主に、皆様のお祈りに、今回改めて感謝をさせていただきます。その嵐も静かに治まりました。ハレルヤ

 医者は麻酔をかけメスを持って身体の悪物を取り除き、縫い合わせ又はステープラーでふさぎ術後にはその跡を残し、そしてリハビリに専念させられます。

 でもイエス様の手術とは…麻酔の代わりに平安を、メスの代わりに電撃の光りを与えられ悪物を消滅させ、傷跡を残す代わりに聖霊様を満たし、リハビリの代わりにその聖霊様が全てをコントロールして下さり、とてもとても楽です。

 そしてもっと素晴らしい事は、そのリハビリ中イエス様は片時も離れず、聖霊様のお働きは口では言い表わせない程です。聖霊様のおかげで主に対してもっと敏感になり、イエス様への思いが片時も離れなくなり、1日1日示される主の御業が、御言葉が、又自分の誤ちが、汚れがまるで浮彫りの様に見せられております。早朝青空の下で、夕方夕陽に心洗われる思いでベランダでのディボーション、 メディテーション(静まるとき)が、私には楽しくて楽しくてたまらなくなりました。イエス様の事を思いながら静かなメディテーションにひたる私の心の中には平安に包まれたが故に示される数々のイエス様の思い、イエス様の摂理に頭が下がり悔い改めされ、そして万感の感謝で胸がはりさけそうです。

 “Tom-san, これからは心合わせ2人で必ず毎日祈ろうネ?”“うん”と彼は返事してくれました。これを機に私はTomに7月16日私に何が起きたか…、毎日イエス様が示される1つ1つの思い等、そして又私が彼に最初に謝らなければいけなかった事、“Tom san, 私は正直な所長い間、本当に長い間心の片隅でこの人と別れて1人になろう!1人になりたいと思って来たのよ。こんな私を許してネ。本当にTom-sanごめんなさいネ。でもネ、今私の心の中にはどこを探してもそんな思いは無いのよ。むしろ私が心から願うのはイエス様と3人で仲良く手をつないで歩いて行きたいのよ。国沢牧師夫妻の様になりたいのよ、私本当に! ”言い終Tomの顔を見た時“今回オレが又飲んだのにあんなに優しくしてくれて、よしこにの平安な態度にハッ!としたんだオレ。”と。オーハレルヤ、イエス様!!心の底から主をたたえました。

“本当によしこには悪い事をした。そしてよしこにの言う事も聞かず店をこんな風な状態に落とし入れた事も悪いと思ってる!もうお手上げなんだよ!どうしようもない所にいるんだよオレ達”と。“今の状況を作ったのは貴方だけではないのよ。私になんか謝る事何にも無いのよ。私達2人が完全に優先順位を間違えていた事から始まっているのよ。それはRiyomaを売った時点から間違った事をしていたのよ。”

“Riyomaを売った事後悔してるのか?”とTomが聞き、“売った事は間違いではなかったと信じるわ。でもその後の事よ。3ヶ月、4ヶ月働かなくてもやって来られたのよ。売った後、私は本当に自分達が間違っていたことに気付いてたから、本心身体を休めると同時に国沢牧師夫妻を招いて12年間のビジネス4人で感謝し合い主に返金を捧げそして2人の信仰の為、これからの神様を先頭にした2人の絆の為、御2人に祈っていただきたかった。主の手を離れたのは私です。だからあの時私は自分のつたない信仰に疑問があり、そして夫婦間のズレを私は御2人にしっかりと祈っていただきたかった。ビジネスにはホトホト疲れていたし私の心がすさんでいて、新しい店を開く事すらごめんこうむりたかったのよ。神様を先にしないとダメだとわかっていたから……でもTom-sanは事を始め動き出し、私は話を聞いてくれない、私の心の叫びに見向きしない貴方を私は出来る限り避ける事で自分を押さえ、子供達、特にMimiの具合も良くなかったから私の心は全てMimiに向ける事で私は自分をなぐさめて来たのよ。そしてあの子達が私の中心に完全になった…5ヶ月後にMimiが私を心配しながら召天した。

 “Makoto”がOpenし、心と身体を引きずり仮面を付けて演じて来ただけなの。それだけの事です。私達は神様から離れたら何ひとつ出来ないんです。何ひとつ!

だから順番が違ったスタートから出発し、貴方は“どうにかなるサ、どうにかなるサ!”と。私は全てを無視した、これは2人の罪が招いた神様からの教えだと確信し、私は悔い改めているのよ!Tom-sanあれやこれやとこれ以上動き回る前に2人心合わせて必死に悔い改めた祈りましょうよ。神様が許して下さるまで毎日祈ろう!”

“よしこ, 確かに神様を先にしなかったのはいけないけど‥‥Yoshikoはけじめにこだわりすぎるよ!”“Tom-san私のけじめなんか米粒にもおとらないわよ!けじめ正しく重んじられるのは神様以外誰も居ないと私は信じてるよ。だって聖書を読めばその神様のけじめ正しさ、そしてけじめを重んじる方だと明確だよ、Tom-san。”と。

 私はこれからもっともっとイエス様の事、聖書の御言葉を示しを、私自身に与えられる限りない主の思いをTomに語り続けていこうと思います。

“Seek just his kingdom and his righteousness and all these things will be given.”Matthew 6:33 (まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。) (マタイによる福音書6:33)

だから現実の問題(ビジネス)の事は横に置いて、まずイエス様を信じ切ってイエス様との絆を築き改めた時、イエス様は私達が思いも知らない、考えられない様な御計画、御業を必ず私達に開かせ示して下さいます。“求めよ。そうすれば与えられる。”マタイによる福音書7:7 現実に私自身求めて与えられた平安、そして求めていた以上の思いがけない奇蹟をいただいたのですから!

 そして以前国沢牧師の恵みCDの中で“イエス様と心中する位の覚悟で‥‥”その言葉にビリッ!!と電気が私の心を走ったのを私は忘れる事が出来ません。そうです。私もイエス様と心中する覚悟でやらなければいけない事があるんです。本当にその通りです。アーメン!!!!

皆様の祈りに合わせ私のゆるぎないイエス様との絆、イエス様を頭に私達夫婦の手を繋いだ歩みを祈りに加えて下されば感謝です。

私もエルパソから皆様お1人お1人、国沢牧師夫妻の守り、恵み、平安を祈ります。

主にあって平安の中で

Yoshiko

P.S. I.C.C.から送られて来るインターネット・デーリー・ディボーションと8月のカレンダーバイブルスタディ、ありがとうございます。皆様の事思い祈り私も又Bibleを読んでおります。

 
posted by: dallasicc | 米国在住の方の証し | 14:53 | comments(0) | trackbacks(0) |-
テキサス州エルパソのよしこさんの証し、パート3
ハレルヤ! 主の導き、御名に感謝いたします。

 エルパソの美しさは空、そして特に夕陽のあの壮大さであると思います。木の少ないエルパソにとって、Horizon(地平線)に描かれる夕焼けは神様の芸術で、それは息をのむ程感動させられます。………その夕焼けを見ながらペンを取りました。

 25年前にこのエルパソに越してからまもなく、私はBible Study(聖書勉強会)に誘われ何もわからずして”Born Again Christian”(神を信じて生まれ変わる)になりました。Born Again (生まれ変わり) その意味すら理解出来ていなかった私。それでも導かれるまま毎週日曜日教会へ、水曜、金曜夜のBible Study(聖書勉強会)に専念いたしました。

 私は“Charismatic”で育ちました。

 クリスチャンになって3ヶ月。私の身にも、私の回りも何1つ変わりはありませんでした。友人達から聞かされる“神様が私の祈りに答えてくださった!”とか、“神様が私に語られた.” に当惑し、よく友人に“それどういう意味?祈りに答えられたってどうしてわかるの?”いつもいつも不思議でたまりませんでした。でも1つだけわかっていた事は、神様との経験話、証しをする友人達の顔がとても輝いていた事、実に平安であった事‥‥。私はとても羨ましく、そういう経験をしたい、“欲しい”と心の底から求め始めました。ある夜とうとう底ついた私、祈りの最中に何も起こらない自分は“なぜですか?”大声で“私から何が欲しいのですか?  本当にあなたは何が欲しいのでしょう??”と…泣き叫びました。‥‥顔をふき何気なく聖書を取り出し開いた私の目に “Sacrifice thank offerings to God,
fulfill your vows to the Most High, and call upon me in the day of trouble;  I will deliver you, and you will honor me.” Psalm 50: 14-15  「感謝のいけにえを神にささげよ。あなたの誓いをいと高き者に果せ。悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう」  詩篇50:14-15。

 1983年2月15日夜11時40分。頭からつま先まで電気の様なショックを受け、身体中震えて“これだ!これだ!”と喜び感激で涙がとまらなかった夜の出来事。

 万感の思いで味あわされた神様との最初の触れ合いが私の人生の支えとなりました。

 それからの私は教会へ行くのも楽しくて待ち切れず、聖書を開く時いつも胸をときめかせておりました。ある日曜日教会へ行った時、私のお財布には75セントしかありませんでした。小切手はもう切れないし75セントは日曜日の新聞を買う為の小銭!!献金のバスケットが私の方に近づいて来、私はその75セントをにぎりしめ一言、“I’m sorry Jesus, this is all I have, please receive it.”(イエス様、申し訳ありません、これが私の持っている全てです、お受け取りください。)

 エルパソで仕事を探し始めていた私。食料品もガソリンも底をついていた時でした。教会から戻り最後でパンとピーナッツバターで子供達にサンドイッチを作り、最後の牛乳をコップに入れて、私は寝室へ行って祈りに祈りました。

 3時頃思いもかけない古い友人が私を訪ねて来ました。ボーイフレンドが彼女の為に新車を買ってくれたから一緒にドライブへ行こうと途中彼女は必要な物があるからとスーパーに‥‥。私は車の中で待っていた。2〜3時間私の家で話し込んだ彼女。帰り際に“そのスーパーで買ったものはよしこ達へ。”“どうして?”“一緒に働いている頃、貴女だけが私に親切にしてくれたから。”そう言って外に出た彼女。あっけにとられた私。私は一言も自分の事情は話してないのに。戻って来た彼女は今度“あっ忘れてた。私、貴女に$60借りがあって、まだ返してなかったわ。ごめんね!”そう言って小走りに車の方へ。唖然としながらも足は寝室へ。まず神様に心から感謝した私。そして5個の買い物袋の中にはパン, 牛乳, ピーナッツバター, 肉, チキン, トイレットペーパー, オレンジジュース, 缶詰, 果物 、野菜 そしてキャンディー. 涙が止まりませんでした。全て必要なものを私は4時間前に寝室で神様にお願いしたものだからです。‥‥そして夜8時頃、それも日曜日の夜ですよ。“明日から仕事に来て下さい!”と。

 私が捧げたのはたった75セントです。その75セントが約10日分の親子3人の食料品、日常品として、そしてガソリン代60ドル‥‥。あげくの果ては仕事まで与えられた私。25年前の事です。神様の奇跡、恩恵以外の何ものでもない事、神様が生きて、そばにおられる事を最初に心の底から信じた私。

 12年後“Riyoma Japanese Restaurant”を営んでいた時、何度となく起こる“嵐の為”経済状態が悪化し困り果て、銀行へ融資を頼みに行きましたが、どこの銀行からも断られ‥‥長年ビジネスを受け持っていたチェイス銀行にも2度頼みに行っては経済状況を見ては断られ‥‥。そんな時国沢牧師から“よしこさん, ベニー ヒンがダラスに来るのですがいかがですか?”と誘われました。“よし!あと3週間ある。主よ。この3週間、日夜私1人でウェートレスをしたいです。そしてその3週間分のチップを1セント残らず捧げますから、それを100倍にして下さい。頼れるのは主よ。貴方しかしないんです。”と毎日祈り、毎日働きました。

 そしてダラスへ。あの熱っぽい聖霊様充満した会場の中、私は必死で祈りました。国沢牧師が始まる前に“よしこさん, ホットドッグどうぞ”と。“牧師、あのホットドッグものすごく美味しかったです。今でも忘れられません。”ありがとうございました。

 献金用のバスケットが‥‥私は主に“この場に誘って下さった牧師夫妻、神様の導きで来られた事、感謝します。約束通り3週間働かせて下さいました事、トムも気持良く私をダラスへ送ってくれた事、感謝します。約束しましたこのお金、主よ。100倍にして下さい。”

 ダラスから戻り2日後の夜チェイス銀行の副支店長が1人寿司バーへお寿司を食べに来られ名詞をトムに。“困った事があったらいつでも私に言って下さい。”と。トムと私、顔を見合わせ彼が寿司を食べ終わって、オフィスへ案内し事情を話しました。“わかりました。では金曜日の朝、銀行に来なさい。小切手を用意しておきますから‥‥”ハッ?担保も無く?

 金曜日の朝、銀行に行って手にした小切手を見て身体中鳥肌が立ち涙がこぼれました。

なぜなら私が主に求めたあのチップの100倍の金額そのものだったからです。イエス様は必ず約束された事は果たされる生きた主の主、王の王である事、私の心に深く深く刻み込まれた日でありました。

 それから1年後、長い事くすぶっていた裁判に負け多額の支払いが残った時も“助けてください!!”と泣き叫んだ私の元へ、主は私の古い友人を‥‥。彼女がバックの中から袋を取り出し、その日必要であった現金を私に手渡しました。もしそれが無かったらあの大きなトラックを店の前に横付けされ、相手側の弁護士、郡保安官が持って来た差押えで店内の家具、食器、全て根こそぎ持っていかれる状態でした。真っ青になったトムをなだめ、1人オフィスで祈り主を求めた時、彼女が入って来たのです。テーブル、椅子は元通りに全てが朝9時と同じ状態に。‥‥あとで彼女に話を聞くと、“昔、私がレストランを営んでいた時、困り果てた私が貴女に助けを求めたら、よしこ, 貴女は気持ち良く貸してくれたじゃない。あの朝貴女のお店の前を車で通った時、貴女が必死の思いである事感じ銀行へ行った。”と。

思い出しました。昔そう言えば彼女に頼まれた金額を出した時、私の預金通帳には500ドルも残らなかった事を‥‥。でもその思いとは別に良くして下さった彼女へと気持良く差し出す事が出来たのは、神様の10年後1996年あの8月16日の為の導きであった事を。

 そんなLaw suitがまだ解決していなかったある朝、いつもの時間に銀行に行き私は6千ドルを個人の預金から下ろし、ある方に払らわなければいけないので‥‥銀行へ。1人の老女が私に”1ドル下さい。”と。“すぐ戻りますネ”と言いながら警備員にあいさつして中へ。所がまだLaw suitのRe-leaseが下りていない為、2人のJoint AccountがFreezeされている事を知り仰天しながら出て来た私。“どうしよう。今日6時迄に彼に$6,000.00払わなければいけないのに‥‥。”呆然と立ちすくむ私の後ろで声が、“1ドル下さい。バス代が必要なんです。”“え?”振り返った私の目に白と黒髪の長い毛の老女、オレンジで黒のストライプスの入ったドレスを着、手にはビニール袋を持って立っていた。

“私は6千ドルを必要とし、この人は$1.00を求めているのか!”“えーイ。$6,000.00位でクヨクヨするナ!Yoshiko”と言いきかせお財布を開けたら私自身持っていた現金は$1.00でした。“ごめんなさい、これが全てです.”と言ってその$1.00を彼女に“Dias com tigo.”とスペイン語で(God be with you)私の差し出した手を、彼女の両手がつつんだ。しわくちゃではありましたが優しい彼女の目は今でも覚えています。そして店へ。ランチをすませた私は1人家に戻り祈りに祈りました。6時迄あと2時間祈る事しか出来ませんでした。4時すぎ古い友人からTel。“もう長い事淑子さんに会ってないし、今晩お店へ行くわ。”と。“何かあった?”と聞いた彼女に事情をそれとなく話すと、“今から銀行に行き5時半オープン前にそっちに行く。”そして約束の6時に私は$6,000.00を払う事が出来ました。

$1.00の捧げ金が$6,000.00に変わったのです。それも同じ日、約束の時間に!!

 長い年月、毎朝同じ時間に銀行へ通っておりましたが、後にも先にもあの老女には2度と会う事はありませんでした。

 そしてもっと不思議な事は、次の日警備員にあの老女の事を聞いても“自分は見てないよ!”という返事が返って来たのです。“そんなはずないでしょ?入口のここに彼女が立っていて貴方は彼女のすぐすばに居たじゃない!!”“見てないものは見てないよ!!”と。笑い始めた警備員! Yvonne(Manager)に聞こう。あの老女はYvonneのオフィスの窓際に立っていたのだから。Yvonneに聞いても“朝からずっとオフィスにいたけどそんな人、外に立ってなかったわよ。もし立っていたらこのW窓の前でしょ?”と。“おかしい。おかしい。”と言いながら車に戻った私。

 思い示された事は1つだけ。神様の御業で私にだけ見せられた主からの使いの人ではなかったのでしょうか?それ以外私には思い当たる事はありませんでした。そして主に感謝をしていた時あの御言葉“I want you to trust me in your times of trouble, so I can rescue you and you give me glory.”万感の思いで感謝いたしました。その夜、祈りの中で示された事がありました。“献金をする”とは私の“オゴリ”であった事を深く深く示されました。以後献金は止め“返金”として主に捧げる事に一念いたしました。私のささいな返金が今尚日常生活の中で奇跡として人々には考えられない“不思議だー”と言われております。25年前75 セントで全てを必要以上のものを私に与えて下さった主です。たとえ今現実の大きなかべにぶつかっていても必ず思いもかけない主からの光りが与えられる事を私は根性で信じております。待ちわびております。

 国沢牧師の恵みCDのメッセージの中で“イエス様と心中する位の覚悟で‥‥”その一言は私に大きな感謝と決心にもいたりました。大好きな一言です。

 私のこの小さき証しが‥‥皆様の信仰生活の中で一滴の水としてうるおされましたら幸いです。そして全ての栄光は主に捧げます。アーメン。

 

P.S. イエス様に捧げる全ての栄光の裏には主にあって結ばれた兄弟姉妹、主にあって作られました家族の切なる祈りが私の証しと記されました事、心より心より感謝いたします。

posted by: dallasicc | 米国在住の方の証し | 09:41 | comments(0) | trackbacks(0) |-